一軍女子のその後|大人になってからどうなるのか
この記事は、学校を出た人に向けて書いています。
当時「一軍女子」と呼ばれていた人が、その後どうなったのか。 あるいは、そう呼ばれる側にいなかった自分が、 いまどう感じているのか。
そのあたりを、少し距離を取って振り返る内容です。
その後を追うと、共通した結末は出てこない
まず、はっきりした答えはありません。
当時目立っていた人が、 そのまま順調に進んでいることもあれば、 まったく違う道に進んでいることもあります。
逆に、教室では静かだった人が、 仕事の場では中心にいる、ということもよくある話です。
「一軍女子のその後はこうなる」という筋書きは、 語りやすいだけで、実際には成り立ちません。
教室の序列が消えるのは、場が消えるから
卒業して立ち位置が変わるのは、本人が変わったからではありません。
学校という場には、かなり特殊な条件がそろっていました。
- 毎日、同じ人が同じ部屋に集まる
- 出入りを自分で決められない
- そこ以外に、比べる相手がいない
この3つがそろっていたから、 教室の中の見え方がそのまま自己評価になっていたわけです。
卒業すると、この条件が全部外れます。 順位が入れかわるというより、 順位をつけていた仕組みのほうが消えるという感覚に近いと思います。
SNSで見える「その後」は偏っている
当時の同級生の近況は、いまはSNSで断片的に見えます。
ただし、そこに出てくるのは 本人が見せると決めたものだけです。
うまくいっている場面は投稿されますが、 そうでない時期は投稿が止まるだけなので、 見ている側には何も見えません。
「みんなうまくやっているように見える」のは、 そういう仕組みだからです。 その後を推し量る材料としては、かなり不正確なものになります。
当時の立ち位置を、いまも引きずっている場合
「自分は二軍だった」という感覚が、大人になっても残ることがあります。
これは珍しいことではありません。 毎日その中にいた期間が長ければ、 見方のくせとして残るのは自然なことです。
ただ、その物差しはもう どこにも接続していないものです。 使う場面がないのに持ち歩いている、という状態に近いと思います。
まとめ
- 一軍女子のその後に、共通した結末は存在しない
- 序列が消えるのは本人が変わったからではなく、場の条件が外れるから
- 学校は「毎日同じ人と同じ部屋」「出入りを選べない」「比べる相手がいない」という特殊な場だった
- SNSで見える近況は本人が見せると決めたものだけで、材料としては不正確
- 当時の物差しが残ることはあるが、それはもうどこにも接続していない